誰もがほぼ確信していたことだとは思うが、本日になって容疑者である少年18歳が殺害を認める供述をしているようだ。タクシーから降りたふてぶてしい態度から一転して手のひらを返したように反省の弁を述べだしたその姿を見ると弁護士からの入れ知恵が大きいように思って仕方がない。父親の発言も同様に、弁護士の指示によるものだということが見えてくる。

 

事件を一つ一つ振り返って、どうしてここまでの流れになったのかを分析していきたい。

 

2月20日今から約2週間前に上村君が変わり果てた姿で多摩川の河川敷で発見された。クビを切りつけられた状態で発見されすでに亡くなっていたという。

 

遺体発見から間もなく捜査本部が立てられ、交友関係を中心に捜査が続き、防犯カメラの有力な映像から3人の少年が事件に深く関与していると断定されて呼び出しを受けた。

 

タクシーから弁護士を引き連れて、ふてぶてしく警察署に入っていく少年の姿が実に印象的で、正直心の中ではパニック状態だったのだろう。 → 18歳少年は元いじめられっこだった!?

弱者が無理して強がっているとはこのような姿を現しているいかにも早歩きでパニックを隠しているかのように見えるが隠しきれていない姿だった。

 

そもそも今回の狂気の沙汰に少年(18歳)を駆り立てた理由は、被害者である上村君が先輩である中学3年生(バスケ部)に相談したことで発展したというのだ。どういうことかというと、相談を受けた中学3年生は18歳少年に対して謝罪を求め、悪かったとビビりながら謝罪したという。このことに腹を立てた18歳少年が17歳の仲間二人を引き連れて、少年を呼び寄せ殺害にまで至ったというわけだ。

 

 

自分を守ることの必死さが見えてくる

そんな18歳少年が警察署に訪れたときに、まずした供述が自分を守る発言である。俺は関係ないという一点張りだった。当然警察としても証拠がそろっているため大方犯人と見て追及をしているが、犯人は口を割らない。

 

ところが!次の日になってコロっと発言の内容を変えて犯行を認め始めたというわけだ。

 

これは当然弁護士によるアドバイスなのだろう。いつまでも犯行を認めないと自分が不利になるだけだという弁護士の説得が効いて、今回の主張変更へと入っていったと見ていいだろう。

 

父親の方もトラック運転手では到底書きえない内容の謝罪文をマスコミに向けて発表している。一部のテレビ映像で父親の発言を見たが、いかにもトラック野郎という感じの口調ぶりだった。そんな人物が書くとは思えないような文章だった。 参照:毎日新聞「言葉見つからない」

 

これらは当然罪を少しでも軽くしようというための動きである。世間に与えた影響と本人の反省度合が少年裁判では大きな影響を与えるため、起こしてしまったことは取り返しがつかないから、少しでも罪を軽減するために与えた弁護士の知恵だろう。

 

ただこれだけマスコミを騒がせて世間に大きな影響も与えた。

 

そして、選挙権を20歳から18歳に引き下げる案が間もなく国会で可決される見通しが立っている中で、民法の改正論議が出されるようなちょうどズバリの年齢の少年が引き起こした今回の事件が与える影響は大きいものがある。

 

ただ、このまま嘘をつき通して俺はやっていないと言い張って、罪を逃れようとしても警察も解析を進めて証拠をそろえれば当然書類送検となり家庭裁判所の判断もより一層厳しくなることは目に見えているため、

 

よくて少年院行きというのが目的なのだろう。ただ、社会に与えた影響を考えると、家裁は是非検察へ逆送して刑事裁判を受けさせるべきだ。より重い刑事裁判を受けさせなければ社会は納得しない。

 

ただ、世間が注目して、マスコミが大きく動かないと 司法に影響を与えることができないというのは、どこか違うんじゃないか?と思ってしまうところだが、まだ日本の司法判断はマスコミや世論に大きく影響されてしまうところがあるから、仕方がないのだろう。

 

大多数の世論の意見に司法が流れてしまうことは決して正しいことではないが、司法試験に合格した人間(裁判官)の判断が100%正しいわけがない。そこで採用された裁判員裁判の判決も全く活かされていない現実問題も多数ある。 ⇒裁判員裁判で出た死刑判決を覆した高裁の判断を最高裁判所が支持